研究メモ ~微細毛表現編~

noSlip境界条件は流体力学における仮定としてよく用いられるが、厳密には物理的根拠が無い1。特にミクロスケールの流体力を議論するときに考慮すべき問題点と言えそうだ

分子動力学のシミュレーションによって、接触角が大きい場合には流体と壁の間に数Å($1\mathrm{Å}=10^{-10}\mathrm{m}$)の気体層が形成されることを示している1

複合面におけるぬれ特性

表面が空気と固相の複合面である場合, Cassie-Baxterの式によってモデルを簡易化される2

$$ \begin{aligned} &f_s+f_g=1 とする\\ \cos\phi&=f_s\cos\theta+f_g\cos(180^{\circ})\\ &=f_s\cos\theta+f_s-1 \end{aligned} $$


$\phi[rad]$:複合面上の接触角
$\theta[rad]$:固相-液相間の接触角
$f_s[-]$:固相の表面積比
$f_g[-]$:気体の表面積比

  • Cassie-Baxterの式は, Cassieの式の素材の一方を空気に限定して簡略化したものであり, 空気と水との接触角は一般に$180^{\circ}$, 空気の占有率が増えるほど接触角は増大
  • 他にWenzelの式も存在するが, 少なくとも漕ぎ動作中, 水が微細毛の間に浸入しないことが示されているため3, ここでは考慮しないが, 跳躍時の微細毛の水没に関しては, 議論の余地が残されている
  • Cassie , Wenzelの式は正確性が否定されている側面も存在4
  • 複合面での動的接触角については, 現状具体的なモデルは示されていないものと思われる

滑り長を用いた粘性表現

  • 微細毛で水と接した場合, 接触面積はより小さくなるため, 水の粘性を受けづらく, 結果的にアメンボは慣性である程度移動することができるが, 跳躍時にも同じように慣性力が働くため, 本研究においても粘性表現は重要
  • 微細毛による粘性効果を形状ではないやり方で再現するには, 肢の境界条件を独自のものに変更する必要があり, 滑り長の利用を検討
    $$ v_f=b\frac{\partial v}{\partial z} $$
  • 滑り長$b$は値によってSlip状態, noSlip状態も表すことが可能
  • この滑り長b に関しては, 次式のように定義される5
    $$ b=\frac{\eta}{\lambda} $$
    $b[m]$:滑り長
    $\eta[Pa\cdot s]$:液体のせん断粘度
    $\lambda[-]$:界面摩擦係数

滑り長の計算と方向性

理想的な滑らかな固相表面では、接触角の増加とともに滑り長が単調増加する5

$$ b=A\cdot(1+\cos{\theta})^{-2} $$


$b[nm]$:滑り長
$\theta[rad]$:固相-液相間の静的接触角
$A[-]$:固相-液相間の静電相互作用

Aは、固相、液相の正負電荷に基づく相互作用に依存した係数である

ただし、場合によっては接触角の変化と滑り長の変化が1対1対応の単調増加を示さないケースも存在することが示唆されている6

濡れ性が異なる表面をストライプ状に配置した場合、滑り長は流れの向きによって変化する
ストライプの幅と流路高さが等しく、かつ小さい場合、その滑り長$b_{e}$はそれぞれの濡れ性の滑り長と、流れの向き$\theta$で近似できる5

$$ b_e=b_1\cos^2\theta+b_2\sin^2\theta $$


$b_e[m]$:全体の滑り長
$b_1, b_2[m]$:各表面の滑り長
$\theta[rad]$:流れの向き(ストライプ方向に対して垂直のとき$\theta=0$)

これは方向性による滑り長の変化を表現できるものの、限定的な状況下における近似である

$\theta=0$に限定すれば、各表面の滑り長がストライプの1周期分の長さより小さい場合、以下の近似が可能である

$$ b_e=f_{1}b_{1}+(1-f_{1})b_{2} $$


$b_e[m]$:全体の滑り長
$f_1[-]$:滑り長$b_1$を持つ表面の面積比($0\leqq f_{1}\leqq 1$)
$b_1, b_2[m]$:各表面の滑り長

3次元空間においては、ストライプ構造の方向性を再現するために、滑り長テンソルを用いて、動的な滑り長を実装する必要がある

Cassie状態の表面の滑り長を記述するには、気相と液相間の滑り長を定義した上で、先の近似式を適応する

古典的GasCushionモデルでは、気相-液相間の局所的な滑り長を以下で与える

$$ b_g\approx\frac{\mu_l}{\mu_g}t $$


$b_g[m]$:気相-液相間の滑り長
$\mu_l[Pa\cdot s]$:液相の粘度
$\mu_g[Pa\cdot s]$:気相の粘度
$t[m]$:気体層の厚さ

OpenFOAMにおける境界条件

partial slip boundary(部分滑り境界条件)は境界条件がすでに実装されているOpenFOAMv2012/src/finiteVolume/fields/fvPatchFields/derived/partialSlip

この条件では以下のような計算が行われている

$$ U_{out}=f\cdot U_{ref} + (1 - f)\cdot U_{in} $$


$U_{out}[m/s]$:境界接線流速(出力)
$f[-]$:流速に基準値($U_{ref}$)を含める割合(0~1)
$U_{ref}[m/s]$:境界の基準値
$U_{in}[m/s]$:境界接線流速(入力)

$U_{ref}$が0のとき、$f$が0に近づくほど滑りやすく、$f$が1に近づくほど滑りにくくなる
混合境界条件とは異なり、壁境界であるためパッチの法線方向に対しては$f=1$として別で計算される
また、この境界条件はDynamicMeshに非対応


DynamicMeshで使用される壁境界条件は基本movingWallVelocityであるOpenFOAMv2012/src/finiteVolume/fields/fvPatchFields/derived/movingWallVelocity

const vectorField Up((pp.faceCentres() - oldFc)/deltaT);
$$ \mathbf{U}_p=\frac{\mathbf{x}_f(i)-\mathbf{x}_f(i-1)}{\Delta t} $$


$\mathbf{U}_p[m/s]$:メッシュ移動速度
$\mathbf{x}_f[m]$:faceの位置
$i[-]$:イテレーション
$\Delta t[s]$:微小時間

tmp<scalarField> Un = phip/(magSf + VSMALL);
$$ \begin{align}U_n&=\frac{\phi_p}{|S_f|+V_{small}}\\&=\frac{U_m\cdot S_f}{|S_f|+V_{small}}\end{align} $$


$U_n[m/s]$:流速の法線成分
$U_m[m/s]$:メッシュ速度
$\mathbf{S}_f[m^3/s]$:faceの体積流量
$|\mathbf{S}_f|[m^2]$:faceの面積
$V_{small}[-]$:ゼロ除算防止用の微小量

即ち、

$$ \begin{align}U_n&=U_m\cdot\frac{ S_f}{|S_f|}\\&=U_m\cdot \mathbf{n}\end{align} $$


$\mathbf{n}[m]$:単位法線ベクトル

vectorField::operator=(Up + n*(Un - (n & Up)));
$$ \begin{align}\mathbf{U}&=\mathbf{U}_p-\mathbf{n}(\mathbf{n}\cdot \mathbf{U}_p)+\mathbf{n}U_n\\&=\mathbf{U}_p+\mathbf{n}(U_n-(\mathbf{n}\cdot \mathbf{U}_p))\end{align} $$

結局のところ$\mathbf{U}$は壁面の速度だが、流体が壁を貫通することを防ぐため、接線と法線成分を一度分解、法線に流量との整合をとった$U_n$を用いて、再結合している
$\mathbf{U}_p-\mathbf{n}(\mathbf{n}\cdot \mathbf{U}_p)$は$\mathbf{U}_p$から法線成分を抜いたもの(=$\mathbf{U}$の接線成分)

壁面が静止している場合

navierSlipの式は、

$$ U_f=b\frac{\partial U}{\partial h} $$


$U_h[m/s]$:$h$位置の流速
$b[-]$滑り長
$U[m/s]$:流速
$h[m]$:境界面からの法線距離

$\frac{\partial U}{\partial h}$を離散表現に書き直すと、

$$ U_f=b\frac{U_c-U_f}{\Delta h_f} $$


$U_f[m/s]$:境界面(face)の流速
$U_c[m/s]$:セル中心の速度(=メッシュ速度$U_p$)
$\Delta h_f[m]$:セル中心から境界面までの距離

式変形して、

$$ \begin{align}U_f&=\frac{b}{\Delta h_f}U_c-\frac{b}{\Delta h_f}U_f\\U_f+\frac{b}{\Delta h_f}U_f&=\frac{b}{\Delta h_f}U_c\\U_f\left(1+\frac{b}{\Delta h_f}\right)&=\frac{b}{\Delta h_f}U_c\\U_f\left(\frac{b+\Delta h_f}{\Delta h_f}\right)&=\frac{b}{\Delta h_f}U_c\\U_f&=\frac{\Delta h_f}{b+\Delta h_f}\cdot\frac{b}{\Delta h_f}U_c\\U_f&=\frac{b}{b+\Delta h_f}U_c\\\end{align} $$

この式は幾何学的にも導くことができる

セル中心を原点とした2次元平面において、境界面の速度は図の$P_2$のx座標に当たる
セル単位で離散化した場合、流速のsourceは$U$だけなので、線形に減衰するものと考えられる(クエット流れと同じ状態)
この減衰の傾きは$P_3$と$P_1$から差分をとって、かつ切片を含めた一次式とすると、

$$ y=\frac{\Delta h_f+b}{U_c}x-(\Delta h_f+b) $$


$x$についての式に変形すると

$$ x=(y+\Delta h_f+b)\frac{U_c}{\Delta h_f+b} $$


境界面$y=-\Delta h_f$を代入すると

$$ \frac{b}{b+\Delta h_f}U_c $$

壁面が動いている場合

流体は静止し、壁だけが動いている場合を考えてみる(下図)
壁が速度$U_w$で動いているとき、流体は相対的に$-U_w$で動いているように見える
このとき、境界面の流速は$U_f$分だけ減衰する
noSlipの場合、$U_f=0$で境界面の流速は$U_w$となる(滑らないということは壁の速度に引きずられる)
即ち、境界面の流速は$U_w+U_f$で得られる
$U_f$を先と同じように解くと、

$$ U_f=-\frac{b}{b+\Delta h_f}U_w $$


つまり、境界面の流速$U_{wf}$は

$$ \begin{align}U_{wf}&=U_w-\frac{b}{b+\Delta h_f}U_w\\&=\left(1-\frac{b}{b+\Delta h_f}\right)U_w\\&=\frac{\Delta h_f}{b+\Delta h_f}U_w\end{align} $$


流体が動いている場合でも、双方の入力($U_c,U_w$)から減衰させた速度の和を求めればよい

$$ \begin{align}U&=U_{wf}+U_{f}\\&=\frac{\Delta h_f}{b+\Delta h_f}U_w+\frac{b}{b+\Delta h_f}U_c\end{align} $$


また、$\frac{\Delta h_f}{b+\Delta h_f}+\frac{b}{b+\Delta h_f}=1$であるため、

$$ U=\frac{\Delta h_f}{b+\Delta h_f}U_w+\left(1-\frac{\Delta h_f}{b+\Delta h_f}\right)U_c $$

OpenFOAMに実装する上で、CRC-1194のopenfoam-navier-slipを使用した(ソースコードの可読性がヤバい)
各境界条件におけるクエット流れの解析結果は以下

文献


  1. Yuji Kurotani, Hajime Tanaka, “A novel physical mechanism of liquid flow slippage on a solid surface”, 2020, (https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aaz0504)↩︎ ↩︎

  2. 教科書では語られない、濡れの有名理論WenzelモデルとCassie-Baxterモデルの裏話, 2025, (https://note.com/biomatter/n/n19cb9abf7392)↩︎

  3. Kaoru Uesugi, Hiroyuki Mayama, Keisuke Morishima, “Proposal of a Water-repellency Model of Water Strider and Its Verification by Considering Directly Measured Strider Leg-rowing Force”, SPST, 2020. ↩︎

  4. Lichao Gao, Thomas J. McCarthy, “How Wenzel and Cassie Were Wrong”, Langmuir 2007, 23, 3762-3765. ↩︎

  5. Ruifei Wang, Jin Chai, Bobo Luo, Xiong Liu, Jianting Zhang, Min Wu, Mingdan Wei, Zhuanyue Ma, “A review on slip boundary conditions at the nanoscale: recent development and applications”, 2021, https://doi.org/10.3762/bjnano.12.91↩︎ ↩︎ ↩︎

  6. Tuan Anh Ho, Dimitrios V. Papavassiliou, Lloyd L. Lee, Alberto Striolo, “Liquid water can slip on a hydrophilic surface”, 2011, https://doi.org/10.1073/pnas.1105189108↩︎